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雑踏の中、いきなり顔に鈍色のどうらん塗ったくったゾンビメイクの男が現れて
ガクガクふらふらした足取りで徘徊していても、
都心の場合なぞ “何かの宣伝かな?撮影かな?”なんて解釈をされ、さほど騒がれはしないという。
誰も彼も他人にはとことん無関心で冷たいというんじゃあなくって、
例えば体調が悪そうな人がいたとして 案じる人は多々いるかも知れぬが、
余計な世話になりはせぬかと なかなか声までは掛けられないそうで。
公共の乗り物に乗っていて、
断られたら引っ込みがつかないなぁと思うとなかなかお年寄りに席を譲れない理屈。
都会のお人は ドライというより むしろシャイなのだろう。
話が逸れて来ましたね。(おいおい)
だがだが、こたびは問答無用の爆破事案。
どこかの車両で本当に何か爆発してのこと、
爆音が轟いて車体が激しく揺れの、その余燼でだろう焦げ臭い匂いと共に煙が上がりのし。
現場の間近にいたらしい人らが早足でどんどんと別車両に逃げて来るわとあって、
冗談ごとではないらしいとの察しもついての、
現場から遠かった人々までもがパニック状態になりつつある。
素っ途惚けたアナウンスをしてきた 恐らくは実行犯の男の言いようによると、
先頭車両と最後部に大量の爆薬が仕掛けられているらしく。
「…っ、通してくれ。」
あんまり愛想が良いとは言えず、そのせいでせっかく端正な拵えの風貌をしているのに
人相が良いとは言えぬか 子供から怖がられることもあるらしい芥川。
退いて退いてと人の波へ手を掛けて掻き分けようとすると、
恐慌状態にある中、彼こそが犯人かと誤解するものか、
きゃあと悲鳴を上げられもするが、些末なことへこだわっている場合ではない。
それは勇ましくも 人の流れに逆らうように最後尾を目指して突き進めば、
乗客の密度もどんどんと減ってゆき、
やがては いやに耳障りな走行音しかしない、がらんとした車両に辿り着く。
終着地点であろう其処へと踏み込みかかったその間合い、
不意に自分のすぐ傍らを通り抜け、最後尾の危険地帯に駆け込んで来た人影があり。
余程の恐慌状態で方向を見誤ったものか、人々が押し寄せて来たのが怖かったのか、
どちらにしても此処は安全な場所ではないのは明白で。
「此処は危険だ。避難せよ。」
そうと声を掛けたところ、和装のその人物は素早く振り返り、
左右に振り分けて結っていた長い黒髪が、その動作に添ってくるんと輪を描く。
小柄で年頃もまだまだ幼く、今時に日常着に着物というのは珍しかったが、
此処はヨコハマ、いろんな人が色んな暮らしようをしているところだし、
今は相手を取り沙汰している場合でもない。
だが、その少女はどこか思いつめたような顔で芥川を見据えると、
胸元にストラップで提げている携帯端末を握りしめる。
今時には珍しい、手の甲を覆う旅装束の籠手のようなものまで装備しており、
芥川の側からは見覚えのない子だが、相手はそうでもないものか。
鋭角が過ぎて真顔になればおっかないほどの相手のお顔に 不審そうに凝視されても怯まぬまま、
むしろ そちらからもやや強い見据えようをしたところへ、
Piriririririri ……、と
携帯の呼び出し音だろう電子音のベルが鳴る。
地下道を疾走する車体が立てる轍の音が
ガタゴトうるさいほど鳴り響いている車内でもくっきりと拾えたその音は、
間近も間近、少女の胸元から発しており。
それと気付いた芥川同様、
お守りのように握りしめていたそれを見下ろした彼女、
折り畳み式の器体をパクリと開くと頬に添わせて耳元に寄せた。
走行音のやかましさもあり、耳元へ伏せられた受信部分からの声など聞こえぬはずが、
【 邪魔者は殺せ、夜叉白雪。】
恐らくは男性のそれだろう、響きがよくて妙に通る声がした。
機械を通したそれであり、
他には誰もいないのだから この場に居合わせている存在のものではないというのは明白だったが、
そんな声が消える間もない間合いにて 少女の後背に光りつつ立ち上がった影がある。
純白の和装をまとった、絡繰り人形の幻影のようだったが、
少女よりも上背のある“それ”は、自身の身の丈よりも長い太刀を引き抜くと、
そうまで大きい躯だというに、疾風のような素早さでこちらへ突っ込んで来る。
「…っ!」
咄嗟のこととて 芥川もそうそう腑抜けてはいない。
擂鉢街で命を張るような諍いにも縁があったのが幸いしたか、
数歩ほど後ろへ飛び退り、
間をとると裾長な外套の衣嚢に手を入れて、自身の異能を立ち上げている。
咄嗟ながらも数頭の黒獣を飛び出させて盾とし、
相手の刃を牙でもって何とか食い止めたが、
「…っ。」
「くっ。」
使役する主人は幼い少女だが、異能は結構な腕力も持つものか、
長い刀身をぶんと振り切って黒獣の牙を払いのけると、
改めての太刀筋で芥川本人へと斬りかかる。
先日の急襲でいきなり機関銃を撃ってきたのに似た乱暴さであり、
ポートマフィアという組織、女性はかくも過激な人物揃いであるものか。
そう、この少女もまた、
この列車を乗っ取ったポートマフィアの一味に違いない。
相手の名も訊かず、芥川に斬りかかったのは、彼が獲物と判っていたからだろうし、
「敦を連れてかせるわけにはいかない。」
こちらからは初対面な相手だが、向こうからは芥川を知っているらしく、
そんな言いようを投げてくる。
随分と真摯な声音だし、視線も切りつけるような鋭い代物で。
捕獲対象だから真剣本気でいるせいかと思ったものの、
“…アツシ?”
もっと別な事情もあったらしいことを芥川が知るのは のちの話。
どこかで聞いた名のような気もするが、何しろここ数日で知己がどんと増えた身、
誰の名だろうか、えっとえっとと頭の何分の一かを持っていかれ、
集中力がやや萎えた隙を衝いて、数秒という間合いのうちに何筋もという凄まじさ、
刺突と呼ばれる真っ向からの突きを幾重にも休みなく繰り出してくる夜叉の異能であり。
「く…っ。」
腕へと黒獣を喰いつかせても、異能には痛覚なぞないものか意に介さぬまま攻撃を続ける。
多少は歯止めになるものの、振り払われては鋭い切っ先がこちらの間合いに躍り込んでくる。
それでなくとも相手は異能で、
疲れを知らぬその上に 人間離れした動きに人間が付いてゆくには無理があるというもの。
意識を澄ませて反射を冴えさせ、出来得る限りの反応で右へ左へ切っ先を躱すのにも限度があって。
幅が限られた車両内という場では除ける可動域もかなりきつく、
まさかこのような襲撃に遭おうとの予測もなく、防御のための得物もない身。
誰かが放り出して行ったものらしき鞄を拾い上げ、
咄嗟の楯にするべく柄を逆手に掴み、殴りつけるようにして身に迫る刃を振り払ったものの、
頑丈そうだった革の鞄を切り裂いた陰から小さな別の手が繰り出され、
「貴方が手配されてる異能者なんだから、大人しく引き渡されて。」
そちらは俗にいう峰撃ちだったらしいが、それでもそれなりに武術の心得はあった少女なのだろう。
握っていた小太刀の柄の方で首の側面を殴打され、頭がぐらりと揺れたそのまま意識が薄れてゆく。
ほぼ日常茶飯で乱闘と縁があった身ゆえに、格闘や戦闘には慣れがある自分だと思っていたが、
擂鉢街を出てからの悶着の数々の、何とグレードが上がっていることか
……などとしみじみ思う暇間もないまま、
地下鉄車両の埃っぽい床の上へ、声もなく倒れ込んでしまった芥川だった。
to be continued.(20.07.28.〜)
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*仕事の合間と間にメモを山ほど取ってるのを後で写し書くものだから
同じ言い回しとか台詞が重複していることが結構あります。
あとで読み返して、
同じことを何度も言うお年寄りみたいな太宰さん
とかになってるのが笑える…じゃあなくて。(げほんごほん)
そういう微妙なところ、生暖かく見守ってくださるとありがたいです。
鏡花ちゃんがやって見せました、首に手刀繰り出して気絶させる方法ですが、
ドラマや映画でよく出て来るけど、
これって実は殺すくらいの力で打ち込まないと気絶はしないそうで。
首の後ろではなく頸動脈を殴りつけるそうで、
余程の達人でもないと練習さえ危険でそうそう使えない代物だとか。
自分も書いといてなんですが、
力技のインフレとでもいいますか、
簡単に出来ると思い込まれてる誤解は何とかしたほうがいいのでは…。

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